転院&転院

決まった日

もう何度目の転院だろうか。

病院をいったりきたり、今なら卓球ボールの気持ちがわかるような気がする。

しかし今回は転院するなり数名の医師に囲まれる緊迫した状態。

部屋も病室ではなく、なんだかわからない部屋(あまり長く居たい部屋ではない)。

あちこちで手術の日程を調節する声が聞こえてくる。

特に気になったのは「今日やった方が」という声。

転院早々手術?先生たちの都合であればそれも致し方ない。

『覚悟』はできていないが、もう好きにしてくれという『諦め』はできている。

その後、先生たちの都合を考慮した結果、手術は明日決行と決まる。

今回は緊急手術なので待ったなし。

余程のことがない限り中止はない、と。

ここで一人の先生が私に「結局そちらの都合のいい日に決まりましたね」とニコニコしながら話しかけてきた。

そう、明日は例の占い鑑定士が“良き日”として手術を希望した25日だった。

当初、手術に緊急性を要しないという病院側の意見に乗じて、なんとしても手術日程だけは“良き日”に合わせるべく諸々理由をつけたわけだが、それはウソも方便というもので。

大動脈は裂けているが、口が裂けても「占いで決めました」とは言えない。

境地

その後ICU(集中治療室)へ。

そこでもまた数名の看護師の方に「手術怖くないですか?私なら怖いですけどねぇ」と聞かれるが、改めて聞かれるとそりゃ怖いに決まっている。

思い出すから余計なことは聞かないでくれと思わなくもなかったが、看護師さんが心配する程、難しい手術だと改めて痛感させられる。

死ぬ確率も決して低くない手術。

怖くない訳はない。

だから私はあえて考えないようにしていた。

よく言えば無心、実際は他人事のような感じ。

バタバタしたままに緊急転院、手術日程の決定と実際考える間もなかった。

あえて考えたのは、成功確率が90パーセントもあるということ。

術後の後遺症については残ったら残ったときだが後遺症が残ったらおみっちゃんに申し訳ないなぁと思い、とそれだけは避けたかった。

その後手術前の最終確認。

手術の手順や麻酔の件、“ほんとに輸血はA型で間違いないか”という確認、その他もろもろ話があり、ついに手術を迎えることになる。

こういう場合、遺言を残すべきなのか、と思わなくもなかったが、残すような気の利いた言葉も思い浮かばなかったのでやめた。

それになんだか縁起も悪い。

ついに手術の日

手術室に向かう私に看護師さんたちが「頑張ってください。また明日ICUで待っています」と優しい言葉。《でも頑張るのは私じゃなくて先生たちですけど(笑)》と思いつつ「ありがとうございます。行ってきます」。

最後は手術前にICUに来ていたおみっちゃんと妹と義弟そして母に見送られ「爺ちゃんとか誰かに呼ばれても絶対にそっちにはいかないように」と釘を刺される。

少し前に祖父と生前お世話になった知人の父親が亡くなっていたからだ。

「命の危険があるときに誰かが呼ぶ声が聞こえるがそっちに行ったらアウト。現世に戻ることを考えないといけない」というが、果たしてそんなことがあるものかと思いつつストレッチャーに乗せられたまま手術室へ。

手術チームの先生方9名程が待つ手術室に入るとそこは何とも不思議な空間だった。

全体的に青い感じの部屋。

天井に見えるのはステンドグラスか。

誰の選曲かはわからないが、室内は音楽が流れている。

不思議と緊張はしない。

何かいろいろ言われた気もするが覚えていない。

そのうち口にマスクを装着され「ゆっくりと深呼吸してください」と言われ深呼吸をする。

そしてこれがこの日の最後の記憶となる。

生還

目が覚めるとそこは見覚えのあるICU。

「私が誰かわかりますか?」

と看護師さんが聞いてくるが、見覚えがない。

正直にそういうと

「ひどい、明日ICUで待ってます、って言ったじゃないですか」と。

そういわれると昨日の看護師さんのようではあるが、昨日はマスクをしていて今日はマスクをしていないからわからなかった。

当然、手術中の記憶はない。

川を挟んでキレイなお花畑の向こう側から誰かに呼ばれた覚えもない。

目を閉じて開いたらほんの一瞬の間に20時間程たっていた、そんな感じだった。

 

今日の教訓

マスクをすると誰だかわかりづらい

麻酔ってすごい

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